「難民」という言葉をニュースで目にしない日はほとんどありません。紛争や迫害などにより、自分の生まれた国や地域から移動を余儀なくされるなど、世界には故郷を追われた人が1億人以上います。それだけ、世界の状況は逼迫していますが、一方で、その数字が大きくなればなるほど、一人ひとりの顔は見えにくくなっていきます。
この『SONGS ―ものが語る難民の声』は、国連の難民支援機関であるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の駐日事務所が、写真家のホンマタカシさんによる作品を活用して開発したワークショップです。故郷を追われた人々が避難生活の中でも手放すことのなかった「大切なもの」が映し出された1枚の写真から、参加者自らがその持ち主の人生や日常を想像し、その後に「実際の語り」に触れることで、難民一人ひとりへの理解を深められる内容となっています。 。
学びのポイント
- 難民の人たちが持っている「大切なもの」から、その人の生活や記憶を具体的に想像することができる
- 自分で想像してから本人の語りを聞くことで、他人の人生を自分のこととして受け取ることができる
- 「難民」を教科書的な定義ではなく、自分の言葉で問い直すことができる
対象
- 中学生以上
このワークショップは、瀬戸内の島々を舞台に開催された『瀬戸内国際芸術祭2025』にて、芸術祭実行委員会とUNHCR駐日事務所による共催企画として発表された作品をもとに開発されました。写真家ホンマタカシさんは、日本・バングラデシュ・コロンビアの3カ国を訪ね、難民や国内避難民の姿と、彼らが避難生活の中でも手放さなかった「大切なもの」を撮影しました。

本ワークショップは、作品である「タブロイド誌」をベースに、「音声ナレーション付きの写真」を視聴できるWEBサイトのほか、「2種類のワークシート」、進行の手引きとなる「ワークショップガイド」が用意されています。素材一式は、教育目的であれば無償で提供。タブロイド誌は希望部数が郵送され、難民問題の知識がなくてもガイドに沿って進めるだけで実施できるように設計されています。

ワークショップの進め方
ワークショップの進行は、「3つのフェーズ」に分かれています。最初のフェーズは〈想像する〉。
まず、故郷を追われた人々が、避難生活の中でも手放すことのなかった5つの「大切なもの」の写真から1枚を選びます。誰の写真なのか、どの国の話なのかは事前に伝えられません。
次に、ワークシートを使って、大切なものの写真から参加者が4つの問いに答えることでストーリーを想像していきます。
①〈観察〉:どんな色か、どんな形か、傷や使い込まれた跡はあるか?
②〈日常のひとコマ〉:いつ使われていたのか、誰と一緒にいた場面か?
③〈モノと持ち主の関係〉:どんな思い出が詰まっていそうか?
④〈なぜ持ってきたのか〉:数あるものの中からなぜこれを選んだのか?

フェーズ2の〈共有・気づく〉では、各自が想像したストーリーをグループ内で共有していきます。このフェーズでは、最初の写真の選び方によって学びも変わってきます。例えば、グループ全員が同じ写真を見ていた場合、同じ1枚から、まったく違う人生が何通りも立ち上がっていくことに気がつきます。また、1人ずつ異なる写真を選んだ場合には、一度は自分自身で想像したからこそ、他の人が語る別のストーリーにも関心が向きます。前者は「解釈の多様さ」へ、後者は「難民の背景の多様さ」へ、それぞれ違った橋がかかる設計になっています。
それらを共有し終わった後、ようやく実際にあった物語を、音声ナレーションを通して聴く構成になっています。
事例「ヘッドホン」
ナレーション付きの写真は、「ギター」「指輪」「小型ライト」「ヘッドホン」「時計」の全部で5つ用意されています。ここでは、そのうちのヘッドホンを例に見ていきましょう。

ナレーション:斎藤工(▶︎をクリックすると再生します)
映っているのは、少し古い型の白いヘッドホンです。その隣に、青い表紙のパスポートが置かれています。表紙には見慣れない綴りの文字と紋章。それだけの写真です。
どの国のパスポートでしょうか?
なぜ、ヘッドホンと並べて置かれているのでしょうか?
先ほどのワークシートを思い出しながら、じっくりと想像してみてください。その後、ナレーションを再生します。
語り手は、ほとんど何も持たずにウクライナから避難した女性でした。これからどこへ、どのくらい逃げることになるのかも分からないまま、このヘッドホンだけは大切に持って家を出ました。この持ち主は、踊ることも歌うことも、音楽に触れることも大好きでした。やがて、避難の途中での使い道が語られます。
避難の最中、例えばバスから軍隊が見えたら、ヘッドホンを装着して音楽のスイッチを入れる。そうすると外で起こっていることから、意識をそらすことができます。ストレスを感じると、もう、何をしたらいいのかわからなくなるから。
荷物の1つにしか見えていなかったものが、ここで初めて過酷な状況下で自分自身を保つために、なくてはならない大切なものだったことが伝わってきます。
この音声ナレーションを聴く時間は、自分が想像していた話と実際の話がどう違ったのかを各自が引き受けるための時間です。決して「正解の答え」を求める時間ではありません。大事な友人の打ち明け話を聴くように、ただ「そういうことだったのか」と事実を受け止める時間でもあります。
実際に過去に学校で実施したケースでは、この写真を選んだ学生のひとりが、ワークシートを書いている途中で予想外の発見をしていました。パスポートの表紙にある紋章が、留学先で親しくなったウクライナ難民の友人が毎日身に着けていたネックレスと同じものだと気がついたのです。その子は当時アニメ好きで、気の合う普通のウクライナ人の女の子。「そのことを思い出したことで、実際の持ち主にも感情移入できるようになった」と語っていました。
遠い異国の誰かにとって大切なものの写真が、自分の記憶のどこかと不意に接続する。これは、このワークショップの真髄と言えるかもしれません。
「Refugee is…」の余白を、自分の言葉で埋める
その後、フェーズ3〈考え、学ぶ〉で、初めてタブロイド誌が配られます。タブロイド誌は2種類あり、あわせて28人分の語りが収められています。
音声ナレーション付きの5つのストーリーは、この28編から選ばれたものです。ここまでのフェーズで誰かの人生を深く想像した参加者が、個別の物語を、また別の物語の隣に置くことで、一人ひとりに異なる人生や背景があることをさらに実感する機会となっています。
そして最後のワークで、「いま、あなたが考える『難民』とはどのような人ですか?」と書かれたシートに向き合うことで、改めて自分にとっての難民のイメージを問い直す機会になります。
過去に実施した記入例では、「自分の家が、『いつか帰ることを夢にみる場所』になってしまった人」や「’Missing’ Home」など、「故郷」や「家」という語に想いを馳せていました。また、奪われたものに焦点を向けて「当たり前を剥奪された人々」の一方で、「前を向いて生きる仲間」「命の大切さを知っているからこそ他人への愛情が深い人」のように、力強い言葉で綴った定義もありました。

このワークショップには、「答え合わせ」がありません。大切なのは、難民一人ひとりの人生や生活に想像を巡らせ、本人の語りに触れながら、自分自身の見方を振り返ることです。
世界中で故郷を追われた人々が1億人を超える時代に 、難民を数字ではなく「ひとりの人間」として出会うこと。「Refugee is…」の空欄を前にして手が止まるとき、私たちに必要なのは、言葉の定義や知識を学ぶことだけでなく、その言葉の向こうにいる誰かの人生や日常に目を向けることなのかもしれません。
<Column>
『SONGS ―ものが語る難民の声』は、UNHCR駐日事務所が運営する〈TAKE ACTION〉で提供されているプログラムの1つです。地域・学校・企業などが難民理解の取り組みを始めるための素材を提供するプラットフォームで、このSONGSのほかに、本を通して難民のものがたりに触れる展示企画『難民のものがたり展』、劇作家・演出家の平田オリザさんと共同開発した演劇ワークショップ『Play, Empathy』、自主上映会を開く『難民映画祭パートナーズ』があります。いずれも、写真、本、演劇、映画など、カルチャーを入り口にしたコンテンツ・プログラムです。
TAKE ACTION:https://unhcrjp-takeaction.org/

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