Learning Design Lab. ラーニング デザイン ラボ
#専門家に聞く

ネット時代のメディアリテラシー

宮崎洋子(スマートニュース メディア研究所・主任研究員)

インターネットやSNSが誕生して以降、私たちはさまざまなデバイスを通して、日々たくさんの情報を受信しています。その中には、真実もあれば嘘の情報も数多く入り混じるといった、実に混沌とした状況で暮らしています。Learning Design Lab.においても、「メディアリテラシー」は重要なテーマのひとつと考え、多くのラーニング・コンテンツを紹介していますが、その内の一つ『To Share or Not to Share』の開発元であるスマートニュース メディア研究所の主任研究員・宮崎洋子さんに、ネット時代のメディアリテラシーについてお話を伺いました。


―そもそも『スマートニュース メディア研究所』とは、どのような組織なのでしょうか

スマートニュース メディア研究所(以下、メディア研究所)は、『SmartNews(スマートニュース)』という日米でニュースアプリを配信している会社の中にあるひとつの部署になります。SmartNews自体は、3000のメディアパートナーから提供される記事をユーザーの興味関心に合わせ、それを広げ発見をもたらすことを目指して届けています。いわゆる「ニュースアグリゲーター」と呼ばれるもので、このアプリを立ち上げた代表の鈴木健が「ニュースやメディアが本当に社会や人々のためになっているのか?」という壮大な問いを考えていくための部署が必要との思いから、SmartNewsのシンクタンクとして2018年8月に設立されました。

― 宮崎さんご自身はどのような経緯で関わることになったのですか

私は2019年からメディア研究所に関わっていて、以前は内閣府や総務省、外務省で働いていました。主に情報法や科学技術政策、安全保障政策等の企画立案などをしてきましたが、12年ほど勤めた後、違うキャリアを進むことにしたんです。もう一生分の国会対応をしたんじゃないかと思うに至りまして(笑)。

退職後は、外務省で従事していた「テロとの闘い」をテーマに、日米交渉や国内の与党間・与野党間交渉などについて分析した論文を書きつつ、子育てをしていました。博士論文を仕上げ、出版したタイミングで代表の鈴木に会ったのですが、開口一番、「テクノロジーは人類を幸せにすると思いますか?」と聞かれて。私にとってそれはとても意外で、ITベンチャーの社長なわけですから、むしろ「ITはすごいぞ!テクノロジーは社会を良くするに決まってる!」みたいな考えを持っていると勝手に想像していたので、その質問自体に驚きました。

彼がもっとも危惧していたことは、テクノロジーによって引き起こされる「社会的分断」で、その現状に対して何とかしたいと思っていたようです。特に、アメリカはそれが顕著に社会問題化している頃だったので、すごく壮大な目標ですが「一緒にやってみたい」と思えたのがSmartNewsに入社したきっかけです。

― メディア研究所は具体的にどのような事業をされているのでしょうか

事業として、主にメディアとテクノロジーに関する「研究・調査活動」、さまざまな専門家や教育機関との「ネットワーキング」、そして「メディアリテラシー教育」を行なっています。

メディアとテクノロジーの研究・調査では、トップレベルの研究者やその知見を集めて、例えば「格差・分断の広がりとメディアのあり方」や「デジタルプラットフォームの社会的役割」について議論や分析をし、その結果を公表しています。また、日本人の価値観やその変化、メディア接触の影響などを分析する『メディア価値観全国調査』という大規模調査も実施しようとしています。

ネットワーキング事業については、日本の地方紙・テレビ局の記者がアメリカを取材し発信していただくことを支援する『フェローシッププログラム』や、さまざまな団体の活動支援などの取り組みを行なっています。

最後にメディアリテラシー教育ですが、「メディアリテラシー」という言葉は、上記のスライドにもあるように多義的な言葉で、メディア研究所では「クリティカルシンキング(吟味思考)を身につけること」をメディアリテラシーの中核に置いています。

SmartNewsとしても、「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」ことを企業のミッションに掲げているため、メディアリテラシー教育を促進することは、そのミッションを達成するために必要なことだと考えています。

ー具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか

設立当初は、子どもたちに「答えがない課題について考えてもらう」ために、どんなプログラムがいいか、いろいろと試行しました。ロールプレイによって情報の多面性を実感してもらうようなワークショップもやりました。ただ、1回に20人、30人を対象としたワークショップを自分たちで開催するという事業モデルでは、スケール(規模)できない、社会的にインパクトが出せないんですよね。「だったら教材を開発しよう!」とのアイデアに辿り着きました。つまり、みんながやりたくなる教材を作って、どんどん使ってもらうことでメディアリテラシー教育を全国に広めていく、というイメージです。

たまたまプログラムの相談に乗ってもらっていた慶應大学メディアデザイン研究科の大川恵子先生から、中国の留学生が作った「この情報をシェアするか・しないか」という、情報に付随したヒントを見ながら判断するカードゲームを見せてもらいました。実家のお母さんが偽情報に振り回されているのを見たことがきっかけで考案したそうですが、この「情報をシェアするか・しないか」という発想自体が面白くて、そこから着想を得たのがオンラインゲーム教材『To Share or Not to Share』になります。

ーオンラインゲーム教材を使った具体的な学習方法を教えてください

この教材は、「情報をシェアする前に立ち止まって考えるようになること」を目的にしたコンテンツで、プレイヤーは仮想のタイムラインを見ながら、上がってきた投稿をシェアするか否かを決めてフォロワーを増やすことを目指します。

ゲームのプレイ後は、自分とクラスメイトの回答を比較することで、他の人がその情報行動を取るに至った理由について知ることができます。「単に面白いからシェアした」「面白いけれど嘘っぽいからシェアしなかった」など、人によって情報の受け止め方が多様であることを実感し“気づく”ことが大切なんです。

教材は実際にSNSで上げられていた情報を引用しているのですが、「情報に写真が入っていたか・いないか」でユーザーの行動がここまで大きく変わるのかと身をもって痛感しました。

また、学校の出前授業に行って感じるのは、学生さんが“内容”を読んでいないことです。例えば、じっくり読むと「あれ、おかしいかも?」と思うような内容でも、認証マークや公的機関に引きずられて「認証マークがあるから正しい、付いていないから怪しい」「公的機関が発信しているから間違いない」といった判断をする学生さんがとても多い。

内容がどうかというよりも、「公的機関の発表だから」「認証マークがあるから」といったラベルの持つ安心感があるんだなと思いました。

― 最後に、今一番子どもたちに伝えておきたいメディアリテラシーは何でしょうか

まずは、目の前にある情報を、「それって本当?」「なぜその情報は自分のところに届けられたんだろう?」「傷つく人がいるのかな?」など、いろいろな角度から「クリティカル(批判的)に見る」ということです。そして、たとえ信頼できそうな機関であっても、時に間違えることはあると“内容”を疑えるようになって欲しいなと思います。

でも、その前に子どもたちに特に伝えたいのは、スマホの画面だけですべてを完結するのではなく、「五感を使って感じる」「体感する」大切さを知ってほしいということ。

古臭い発想かもしれませんが、図書館や本屋さんをぐるっと回ってみるだけでも何か気づきがあると思うんです。基本的にスマホに表示される情報は、「自分の見たい情報」になりがちです。いわゆる「フィルターバブル」と呼ばれる現象です。

私たちの世代の場合は、「情報が最適化される前の時代」を知っているので、その利便性もうまく享受できます。でも、今の子どもたちは最初から“そういう情報空間”にいるので、それがそのまま“世界のすべて”だと思ってしまう。図書館や本屋さんというのは、まさに「他人が作った情報空間」を見るようなものなので、自分とは異なる情報空間を感じられるんじゃないかなと思います。

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