Learning Design Lab. ラーニング デザイン ラボ
#専門家に聞く

クリエイティブ × テクノロジーでつくる学びの入り口

上田壮一(一般社団法人シンク・ジ・アース理事)

みなさんは、1日何回、地球のことを想いますか?

「SDGs」が聞き慣れた言葉となった時代に、記録的猛暑や局地的豪雨によって日常の中で気候変動を実感することによって、「地球環境の問題」を考える機会が増えているように感じます。 しかし、ふとした時に地球のことを考える機会があったとしても、すぐに答えが出る類のイシューではありません。それでも私たちが地球のことを考え続けていくために、『一般社団法人シンク・ジ・アース(Think the Earth)』で理事を務める上田壮一さんに、こんな時代の「地球の学び方」ついてお話を伺いました。

*この記事は、アソボットB面のポッドキャスト『地球の学び方』(2024年1月31日に公開)を再編集したものです。

ー最初に、『Think  the Earth(以下、シンク・ジ・アース)』とはどのような団体ですか?

団体名に表されているとおり、「1日1回地球のことを考えよう」をコンセプトに、2001年に設立したNPOです。団体発足を発表した「2月19日」というのは、偶然にもコペルニクスの誕生日で、天動説から地動説を唱えて大きなパラダイムシフトがあった日。そのぐらいの意気込みでこのプロジェクトを立ち上げよう、と仲間内で話していました。

第一弾のプロジェクトとして開発したのは、宇宙から地球を見る時計『アースウォッチ』。その後、写真集『百年の愚行』やビジュアルブック『1秒の世界』などを刊行し、1日1回地球のことを考えるというコンセプトを体現できるモノ作りをし、やがてコト(プロジェクト)に参加してもらうのを目的として活動してきました。

宇宙から地球を見る時計『アースウォッチ』。半球型のドームの中で、小さな地球が24時間かけてゆっくりと一周する

ーそもそも上田さんはどのような経歴を経て、シンク・ジ・アースを立ち上げたのでしょうか?

1980年代後半の大学時代は「情報工学」を学び、当時まだ一般的ではなかったインターネットを使ってさまざまな研究をしていました。実は、子どもの頃からずっと「宇宙」に関わる仕事がしたいと思っていて、大学でも宇宙や星について勉強したいと思っていたんです。でも、当時は「パーソナルコンピュター」が誕生したことで、コンピュータ業界こそが若者が世界と戦うフィールドであるような気がしていました。上の世代も含めて誰も知らないことを研究して、同世代みんながパイオニアになろうとワクワクしていたんです。最終的に、情報やメディアに関心を持ったことをきっかけで広告業界に入ることになりました。

広告代理店に入社した5年目(1995年)に、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起きました。日本の未来がグラグラするように感じた一年でした。僕の故郷である兵庫県西宮市も大きな被害があり、壊滅的になった故郷を見て、「誰かが作った未来の中を生きるんじゃなくて、自分が未来を作る側に回ろう」と思ったんです。その時の感情は、今でもとてもよく覚えています。 クライアント企業の利益のためではなく、社会を良くするためにクリエイティブの力を使いたいと思って会社を飛び出して、しばらくフリーランスの仕事を続けた後、シンク・ジ・アースを立ち上げました。

ロールモデルはなかったので未知の領域に踏み込んでいく感覚でしたが、阪神淡路大震災の影響は本当に大きかったですね。震災後、1998年に『特定非営利活動が健全に発展するための法律(特定非営利活動促進法)』が策定されたのですが、制定以前から法人格を持たずに市民活動している人たちが多くいたことは心強かったです。僕自身も設立について何度も相談に行きました。 当時、クリエイティブな領域で社会的なことに関心を持っている人は、まだ少なかったと思います。

ー「ソーシャル×クリエイティブ」の組み合わせというのは、まさにシンク・ジ・アースの特徴だと思います。そこに着目したのはどういうきっかけがあったのでしょうか?

メディアやクリエイティブの力に魅了されたきっかけは、大学時代、1988年に刊行された写真集『地球/母なる星―宇宙飛行士が見た地球の荘厳と宇宙の神秘』(小学館)を手に取り、衝撃を受けたことです。

1988年というのは「冷戦」の真っ只中。そんな時代に、アメリカの宇宙飛行士とソ連(現ロシア)の宇宙飛行士が協力して地球の写真集を作ったんです。その写真集が出版される国の母国語と、数十カ国の宇宙飛行士の母国語で書かれた本に、「こんなことができるんだ!」と圧倒されました。 この本と出合うまでは「宇宙」の仕事がしたいと思っていたのですが、宇宙から振り返った時に眼下にある「地球」という惑星こそがすごいんだと初めて思ったんです。同時に、本などのメディアにも興味を持つようになって、この体験が広告業界に入るきっかけになったので、「人生を変えた一冊」と言えますね。

もうひとつの大きなきっかけは、小崎哲也さん・佐藤直樹さんという二人の尊敬する先輩クリエイターたちと一緒に『百年の愚行』という写真集を作ったことです。僕にとっては初めての出版事業だったんですが、この一冊を作った経験がその後に作ることになる17冊全ての土台となっています。フリーランス時代にディレクターとして映像は何本も作っていたのですが、根本的には「映像制作」と「本を作る行為」は、自分の中で同じことだと気がつきました。

一方で、「ソーシャル(社会的)」なテーマに関しては、小学生の頃から身近な分野でした。父の仕事が石油会社だったので、中東で石油ショックが起きると日本にとってすごく大きな問題になる、というのは子どもながらに感じていたんです。

同時に、僕は自然や生き物が大好きで、自然がコンクリートになっていく様子に悲しみや憤りを持っていました。明確に「環境問題」に関心があったというよりも、時代がどんどん自然を潰していく中で、いろんな複雑な気持ちを抱えていたんだろうと思います。 他にも、映画『ガイアシンフォニー』の龍村仁監督や、野生のシャチの研究をしているカナダのポール・スポング博士など、多くの先人たちと出会い、その考えに触れたことも大きかったと思います。もともとは、クリエイティブではなく工学を専攻していたので、環境問題がテクノロジーと相反するものではなく、むしろテクノロジーを使って環境問題を解決していく道筋を見つけたいと思っていました。すでにやっている人がいるんだということにも後押しされましたね。

ー大学時代に学んでいた情報工学的な発想が、ソーシャルの分野に融合していったのですね

実は、最初にアースウォッチを作ったのは、「地球環境と人間が同調しなくなっている」という危機感を持ったことがきっかけでした。というのも、以前アフリカ・ケニアに行った時、誰も腕時計をしていなかったんです。皆、1分1秒という概念を持たずに生活していました。よくよく考えると、人間以外の生物はみんなそうですよね。でも、人間は1分1秒の世界で生きている。だから、「時間感覚が違う」ことが人間と自然との乖離を生んでいるんじゃないか、という直感がありました。本来はもっと野性的な感覚で生きているはずなのに、それを失っている。その課題を表現する「インターフェース(入り口)」を作りたいと思ったんです。それ以来、シンク・ジ・アースが作るものは、「結論」が書いてあるものを出すのではなく、まず感じてもらったり、また読むことによってすっきりするどころか、もっとモヤモヤするものや考えるきっかけになるようなユーザーインターフェースをデザインしているのだと思っています。

ーなるほど。では続いて、プロジェクト第三弾となった書籍『1秒の世界』について教えてください

これまでの『アースウォッチ』や『百年の愚行』は自分たち自身で発表したものでしたが、『1秒の世界』については、初めて出版社からオファーがあって作ったものでした。1秒間に世界でどんな変化が起きているのかを、環境問題の数字と絡めて編集したものです。

この本が出る時に、出版社のダイヤモンド社が創業90周年を迎えて、その記念事業として全国の学校へ本を寄贈するという話が持ち上がりました。全国4万5千校、全ての小中高等学校に一冊ずつ本を送りました。その後に制作した『世界を変えるお金の使い方』と『気候変動+2℃』も学校へ寄贈することになりました。

でも、もともとは学校での活用を想定して作っていなかったので、「次は最初から学校で使ってもらう想定で本を作りませんか?」と自ら出版社に提案してみたんです。 それが、その後に制作したシリーズ本『いきものがたり』『みずものがたり』『たべものがたり』で、サイズを大判にして観音扉になっているページを入れたり、イラストレーターや写真家、書家、テキスタイルデザイナーなど、いろんなクリエイターに参加してもらいながら一冊の本を作っていく手法に変えて、子どもにも親しみやすい楽しい本になりました。

ちなみに最新刊は、2024年秋に発行した『あおいほしのあおいうみ』です。海がテーマのビジュアルブックで、海の現場に通っていたことがきっかけで制作することになり、海の環境問題について広範な視点で紐解いていく本です。

ー現在のシンク・ジ・アースにとって、「エデュケーション(教育)」は重要なキーワードになっているかと思いますが、やはりそれはこの学校寄贈が大きかったですか?

まず「エデュケーション」と聞くと、小学校、中学校、高校、大学の環境で行うことがエデュケーションという先入観がある気がしますが、「生涯学習」という言葉があるように、そもそも僕ら人間は「学ぶことが大好きな生物」であるはずです。

エデュケーションのもともとの意味は「エデュース(Educe)=引き出す」と言われていて、眠っていたものを引き出すのがエデュケーションの語源だとすると、シンク・ジ・アースがやっていた活動というのはすべて「学びのきっかけづくり」のエデュケーション活動だったのかなとも思います。

もちろん、本を寄贈する活動は学校の先生が読者ターゲットだったことで、「この本、使っていましたよ」と言ってくれる先生に最近よく会いますので、本当にやって良かったなと思っていますね。

ーシンク・ジ・アースが作る本は、先生たちにどのような点が響いたと思いますか?

先ほど話したとおり、「答えが書かれていない」という点ではないでしょうか。今までの学校教育は「問題」があって、その解き方が合っているか教師が「答え」を教えていましたが、これから大事なのは「問いを作る力」だと思います。でも、問いは簡単には生まれてこないですよね。 その点、シンク・ジ・アースの本は「なんだか面白そうだな」とか、「もうちょっと調べてみようかな」とか、学びへのモチベーションが生まれやすいように作ってあるんです。

僕はよく、「プレ・エデュケーション(Pre-education)」という言葉を使います。学びの前に、頭と心と体の準備が必要だという意味です。今の日本の教育は、いきなり「学び」から始まりますよね。学びというより「トレーニング」に近い。教室に入って、いきなりトレーニングが始まるわけです。「なぜ学ぶのか?」という気持ちを事前に準備するプロセスがなくなっているんです。

本を使ってくれている先生たちは、その「気持ちを準備すること」が大事だと思ってくれている先生たちだと思うんです。最近の先生たちは余裕がなく窮屈な思いをしている気がするのですが、僕はこれから変っていくと思います。変わりたいと思っている先生と一緒にやっていけば、できることが広がるのではないでしょうか。今進行しているプロジェクトでも、主役である先生たちがどんどん変わっていく様子を、僕も伴走しながら面白がって見ています。

千葉県立小金高等学校の生徒による自主企画『オーシャンズエコサミット』でのワークショップの開催風景

ー「好奇心に火をつける」という根底にある信念は、設立当初と変わらないんですね。今後、向き合っていきたい社会課題は何か具体的にありますか?

よく聞かれるのですが、課題や取り組みたいことはあえて持たないようにしています。どうしてかと言うと、すごい勢いで時代が変わっていて、「こう行きます」とはなかなか言えない時代だと思うんです。時には寄り道したりもしながら、とにかくちょっとでも前に向かって漕いでいく。何が大切なのかは常に考えながらも、楽しく継続することが大事だと思っています。

一方で、最近は個人的にできる限り「現場に行く」ことをテーマにしています。新型コロナウイルスの拡大で直接会う機会が失われていましたが、志のある人と直接対話をしていきたいです。リアルに会うと「それそれ!」と、頭の上に浮かんでいるものを話している相手と一緒に掴むような感覚があるんです。その感覚はやっぱりオンラインではできませんから。出会って何が生まれるのかを期待しながら、動いてみようと思います。

ー近年、猛暑や度重なる自然災害などで「気候変動」が本格的に身近になっていると感じます。これから私たちはどのように地球を学び、感じていけば良いでしょうか?

最近になって初めて「気候変動」や「環境問題」に関心を持った人たちがいるとすれば、世の中にあるステレオタイプな情報に疑問を持つことが大事です。自分の力で考えないと、この先の未来は自分でつかみ取れないので、誰かに言われたことをやるのではなく「自分のやり方」を見つけて、未来を作っていける人になってほしいですね。

東京都市大学の森朋子先生の研究調査をまとめた『サステナビリティ・トランジションと人づくり』によると、個人で何らかの環境アクションをやっている人ほど、集団での環境アクションをしない傾向にあるそうです。「私はやっているからもういい」となってしまうそうなのです。こうなってしまうと、無関心よりも強固で変容しがたい状況になるのではないかと危惧しています。

今必要とされているの「社会変容」です。「自分ごと」が「自分たちごと」になることが大事です。ダイナミックな変化をさせていくために何をすべきなのかという点は、まだまだこれからという気がしていますが、誰かに言われたことをやるのではなく、自分の力で考え、未来を作っていく。そんな人たちと一緒に協働していきたいです。

掲載日

写真提供:一般社団法人シンク・ジ・アース
聞き手:伊藤 剛(アソボット 代表)

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