多くの人にとって、南極や宇宙などの「極地」と呼ばれる世界は遠い場所に思えるかもしれません。しかし、「極地」で得られる知見の中には、実は普段の私たちの暮らしや人間関係を理解するためのヒントが隠れています。
日本で唯一の肩書き「極地建築家」を名乗る村上祐資さんは、南極や模擬火星実験など、1000日以上にわたる極地での生活を通じて、人間にとっての「根源的な暮らし方」や「集団生活におけるコミュニケーションの本質」について長らく見つめてきました。今回は、そんな村上さんの知見を、私たちの日常に引き寄せながら、極地ではない暮らしにも活かしていくためのヒントを伺いました。
*この記事は、アソボットB面のポッドキャスト『極地から学ぶ – 極地建築家・村上祐資 –』(2025年5月30日配信)を再編集したものです。
ー最初に、村上さんの肩書き「極地建築家」について教えてください。
私ひとりが名乗っている肩書きなので、初めて聞く方がほとんどだと思います。極地とは、富士山などの高地や、南極、または火星などの宇宙空間を指していて、人間の性(さが)がむき出しになるような極限的な環境を意味しています。そして「極地建築家」というのは、そのような場所でいわゆる構造物のハード面を考えるのではなく、私たち人間が互いにどのようにコミュニケーションをとり、集団として生きていくのかといったソフト面を考える職業だと定義しています。
大学では、建築を専攻していました。同級生はかっこいい建築スタイルを追求していましたが、流行の建築作品は人の暮らしとかけ離れすぎていて、私にはどうしてもそれらの建築に対して「生きるという行為」を見出せずにいました。高校生時代に友人たちと共に時間を過ごした薄汚れたテントの方が、よっぽど建築らしい力強さを持っているんじゃないかと思っていたんです。
そんなことを考えていた頃、何気なく手に取った古い雑誌に、システム生態学者のジョン・P・アレンのインタビュー記事が掲載されていました。彼は、『バイオスフィア2』(アメリカ・アリゾナ州につくられた巨大な密閉空間の中に小さな地球を再現した人工生態系)の提唱者の一人で、「バイオスフィア2は、いずれ宇宙に人が住むときのある種のモデルになるだろう」と書かれていたんです。なるほど、宇宙を学べば、人間の暮らしの原点に近づけるのかと考え、「極地建築」というものに惹かれていきました。

大学の卒業設計は「月面基地」をテーマにして、大学院での修士論文は「宇宙ステーションのモジュールのシステム」の分析をやりました。具体的には、人間にとって宇宙という極限環境にはどんな環境が必要か、という問いを考える研究に取り組みました。
大学院卒業後は、人の紹介で国立極地研究所にご縁をもらいました。自分の専門である建築研究での募集枠はなかったのですが、運良く観測系の人員として国立極地研究所が運営する『日本南極地域観測隊』に入れてもらうことができたんです。そこからですよね、私の「極地建築家」としての歩みが本格的に始まったのは。

2008年に、第50次日本南極地域観測隊の越冬隊員として、約15ヶ月にわたり昭和基地に滞在。帰国後は、富士山頂の気象庁の元測候所に住み込んだり、エベレストへの日本の登山隊の一員になって、ベースキャンプのエンジニアとして雇ってもらったりなど、できるだけ様々な極地生活環境を経験していきました。
そして、2013年にアメリカの非営利団体The Mars Society(火星協会)が計画を発表した長期の模擬火星実験『Mars160』に、3年間にわたる選考を経た後、2016年に副隊長として参加することになったんです。『Mars160』というのは、アメリカ・ユタ州の「MDRS基地」と、カナダ北極圏デヴォン島の「FMARS基地」という、火星環境を模擬した二つの施設に各80日間、計160日間滞在するのですが、火星で活動する場合と似たような環境下で活動し、将来の有人火星探査のための知見を得ることが目的のミッションでした。
このような経験を積み重ねてきて、現在では極地で滞在した生活日数は延べ1000日以上になります。

ー他には類のないキャリア変遷でとても驚きました。しかし、南極地域観測隊や模擬火星実験に参加されたのは、「人間社会の暮らし」の原点を探るためだったのですね
はい、私自身は決して火星に行きたいわけではないんです(笑)。プロジェクトを共にしたメンバーは、「いつか火星に行くんだ!」と強い意志がある人ばかりでしたが、私はむしろ、自分自身は地球を代表したモルモットのような実験台だと思っていたので、全体を俯瞰し、火星を想定した暮らしを観察することができたのだと思います。
私は、よく極地建築家のことを「とにかく忘れ物をなくす人」だと喩えます。現代の宇宙分野には、宇宙に行きたい人たちが集い、宇宙に“行くこと”そのものだけを目的としているような気がします。
模擬火星実験の参加者も同様で、火星へ“行くこと”を強く希望する人ばかりです。私のように「火星には行かなくてもいい」といった存在は、選考の中ではこぼれ落ちやすい。ただ、大多数の意見からこぼれ落ちかねない異質なものにこそ、大事な視点があるのではないかと思っていました。自分自身はそのような“忘れ物”を拾い、チームで議論することによって新しい視点をつくる役割なのだと考えています。

ー極限状態に身を置き続けてきたことで、人間の暮らしの原点は見えてきたのでしょうか?
南極に行くまでは、極地に行けばさまざまなものが削ぎ落とされて、極地でも人が暮らせる「建築の条件」のようなものが見えてくるだろうと思っていました。でも、いざ南極に行ってみたら違いました。人の暮らしは構造物としての建築だけでなく、安心できる基地設備や良好な人間関係、十分な食糧など、総合的に守られていることに気づいたんです。
建築学的に言えば、大多数の人に満足してもらえるように設計された建築物だとしても、実際に基地で生活してみると、快適でいつまでもここで生活したいという人もいれば、もうこんな所は嫌だ、早く日本に帰りたいという真逆のことをいう人も同じくらいいましたね。特にプリミティヴな極限環境では、建築には明快な正解があって、そこに如何にして強固に近づいていけるかが問われるものだと思っていましたが、南極に行って建築のイメージが崩壊しましたね。
この経験をきっかけに、暮らしを守る“鎧=建築”の頑丈さよりも、鎧をまとったときの“着心地=コミュニケーション”に目が向くようになったんです。

ー「極地におけるコミュニケーション」には、どのような特徴があるのでしょうか?
極地だからといって、特有の問題がコミュニケーションに支障をきたすのではありません。むしろ、日常生活で起こる「ささいなトラブル」のようなことが、極限状態の環境下では重要なこととして浮き彫りにされます。
例えば、日常生活においてはトラブルが起きたとしても、一旦退室してリセットしたり、翌日まで議論を寝かせたりすることができますよね。でも、南極観測隊の基地や模擬火星実験などの空間は、とても狭く閉鎖的な空間です。常に誰かと顔を合わせるので、そのままトラブルを置いておくということはできません。だから、徹底的に議論することになります。
まさに『Mars160』では、トラブルが起きてから対処するのでは手遅れであることに気づかされました。緊急時ではなく、平時に対処しておかなければならない。しかし、先ほども言ったように、このような宇宙環境の選考においては、平時に問題を防ぐための資質を見るのではなく、トラブルが起きても宇宙環境に耐えることができるようなタフな人材を選んでしまいがちです。この選考基準が、見直すべきではないのかという仮説がありました。
そこで、私自身が全ての参加者を選考し、2週間の模擬火星実験『CREW191』(2018年)を行ってみることにしました。これまでの実験で選ばれてきたような、ポジティブで、表現力やスピーチ力があるといった、優れたスキルを持つ個人ではなく、従来の選考基準に当てはまらない人たちを集めて極地で生活をするとどうなるか、実験してみたんです。メンバーは、クリエイティブな職種や、模擬火星実験におけるルーキーとベテランの両方、人種はアジア人に限定、英語が話せない人など、多様な人たちでした。


ーこれまでの実験では出てこなかった成果は見られたのでしょうか?
実験における成果の解釈はさまざまですが、『CREW191』では、過去に行われてきた実験では見られなかった「日常の暮らし」が極地で見られました。具体的には、トラブルが生じた際にも誰もパニックになることなく、過度な希望的観測を持たずに議論をして、コミュニケーションが取れていました。この結果から言えることは、「優れた個人」の集まりが、必ずしも「集団としてのベスト」ではないという示唆になったのではないかと思います。
繰り返しになりますが、極限状態の環境では、トラブルの状態を何となくやり過ごすことができないので、議論を徹底的に行って、問題を解決します。ただ、その解決策として何かを「ルール化する」ということは、他の隊員の「無関心さ」を引き起こすきっかけでもあったりします。
例えば、台所のシンクにお皿が溜まっている状況があって、誰かがそれに気がついて皿洗いをしていたとします。でも、自ら皿洗いをしていた人は、「なぜ自分だけが皿洗いをしなければならないのだろうか?」と不満を持つようになり、協議の議題に上がる。すると、皿洗いがルール化され、一見問題は解決されますが、今度は役割を担う人以外は皿洗いを気にしなくなってしまうんです。このような「無関心さ」は、極地の暮らしにおいては、さらなるリスクを招くこともあるのです。
ー本当に極地だけでなく、日常生活にも通じるテーマが凝縮しているのですね。現代は、問題解決能力が評価されがちですが、一方で、先が見えない不安定なままでも、心を落ち着かせ、とどめておく力(ネガティブ・ケイパビリティ)が求められている気もします
その通りだと思います。今は、火星に“行ける”かどうかに世界の関心がありますが、実際に火星に行くとなると、往復の旅程と火星での滞在期間を合わせて、約4年もの歳月がかかります。どんなに模擬実験をくり返したとしても、4年間に起きうることを何百通りもシミュレーションすることはできないですよね。そして、無関心になりやすい物事の多くは、想定外の出来事の中に含まれていたりもします。だからこそ、誰も関心を向けないことにどう向き合うのか、もしくは向き合わずにスルーして横に置いておくのか。これからの模擬火星実験や宇宙飛行士の選考では、このようなスキルを見極める必要があると思っています。

ーこれから先、村上さんはどのような取り組みを考えていますか?
私は、極地に住む人たちがどういうことに苦しんでいくのか、もしくは喜ぶのか、「暮らし」という観点から知りたいという気持ちから始まって、自らが極地で1000日以上暮らすことで、どのような住まいなら極地で生活していけるのか、どんな支えがあればよいのかをずっと考えてきました。
これからは、極地での経験から見えてきた「人と人とのコミュニケーション」に主軸を置いた取り組みを考えています。具体的には、数年前にNPO法人『FIELD assistant』を立ち上げ、模擬火星実験で得た知見を活かして、極地に住まうことに触れるためのフィールドづくりに取り組んでいます。場所は、南極や砂漠ではなく「日本の森」です。
首都圏から車で1〜2時間ほどの場所にあります。登山道としては整備されていない、ほどよい不便さのある山を、月や火星に初めて降り立つ探査者のフィールドに見立てる予定です。ここでは、チームビルディングや無線を通じたコミュニケーションなど、従来の宇宙飛行士訓練で見落とされがちな要素を実験することができます。

ただ、南極に約15ヶ月滞在して見えるような課題を、約1週間で凝縮させる必要があり、まだまだ仕掛け作りが必要です。まるで、子どもが秘密基地を宇宙船に見立てるように、大人が森を宇宙だと思えるような場所にしなければいけませんね。フィールドが完成したら、ぜひ極地を体験しに来てください。
