Learning Design Lab. ラーニング デザイン ラボ
#専門家に聞く

本“棚”を編集するということ

山口博之さん(ブックディレクター/編集者)

最近、よく目にするようになった肩書きに「ブックディレクター」と呼ばれる職業があります。いわゆる一冊の本を編集するのではなく、本“棚”を編集するという仕事です。今回は、ブックディレクター/編集者・山口博之さん(good and son代表)に、ブックディレクターとはどういう仕事なのか、編集とは何かについてお話を伺いました。

本記事は、すぎなみ大人塾2021『学びカタ・ラボ』で行われたカリキュラムを再編集したものです。


―そもそも「ブックディレクター」とは、どのようなお仕事なのでしょうか

ブックディレクターというのは、書店づくりに関わったり、書店以外の場所に「本の売り場」を作ったり、さまざまな場にふさわしいライブラリーを選書、ディレクションする仕事です。僕自身は、「ブックディレクター」と「編集者」という肩書きの2つを一緒に並べて使っていますが、これは実際の本やWEBメディアの編集だけでなく、「本棚を作る」というブックディレクションの仕事自体も編集力が求められるので、その意味も込めて2つの肩書きを並べています。

―どのような経緯でこの仕事に就かれたのですか

今でこそ本にまつわる仕事をたくさんしていますが、実は本をちゃんと読み始めたのは18歳ぐらいからなんですね。それまでは漫画と雑誌だけ(笑)。昔からファッションが好きで、高校時代はひたすらファッション誌を読み込んでいました。大学在学中、服部一成さんがアートディレクターをしていたファッション誌『流行通信』でアルバイトをして、大好きなファッションと編集の現場を初めて経験しました。当時の『流行通信』は、いわゆるファッションではやらないようなテーマ性があり、抽象的で、アナログで手触りのあるディレクションが行われていた時期で、それが現在の自分の「モノの見方」みたいなものに影響していると思っています。

―キャリアの始まりは雑誌の編集者からなのですね

アルバイトではありましたが、そうです。そこから大学卒業後に入社したのが『BOOK246』という青山一丁目にあった本屋さんでした。この本屋さんは、「地上で読む機内誌」というコンセプトの雑誌『PAPER SKY』の世界観を立体化したお店です。紙の雑誌を改めて書店に編集し直すという形態で、オープンから3年間くらい働いていましたが、そこで僕は「書店の編集」というのを身をもって学んでいったように思います。その後、BOOK246のディレクションにも関わっていた選書集団『BACH』に10年間所属し、2017年に個人事務所『good and son』を立ち上げました。

―山口さんが考える「編集」とは何でしょうか

辞書的には、「新聞、出版、放送、通信など一般にジャーナリズムの世界において、一定の志向性をもって情報を収集、整理、構成し、一定の形態にまとめあげる過程、またその行動や技術をいう。新聞では、取材、整理、割付け、大組み、校正などの段階に分けられる。(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「編集」)」とあります。もう少し噛み砕いて、自分なりに言い方を変えると次のようになるのではないかと考えています。

伝達したいことや想定する読者に対して最適な構成や構造を考え、内容となる言葉や写真、イラストなどをまとめ上げること。

自分の中で伝えたいことをどのように読者に伝えるのかを想像しながら、ページの順番、見出しの大きさといった構造・構成を考えていく。その上で、テキストを書いたり、写真を撮ったり、写真よりイラストの方が適しているのであればイラストを介したりする。それら全体の技術が「編集」と言えるのではないかなと思います。

―「本棚づくり」における編集も同じ技術なのでしょうか

要素は同じだと思います。オフィスやショップ、病院、銀行など、本棚はまず設置する「場の持つ個性やテーマ」があります。場所の持つ個性や役割がその場ごとにあって、ライブラリーを通じて「それ」を表現し、伝えていきます。

次に想定する読者ですが、「誰が」その場所で本を読んでくれるのかと言えば、その空間を利用する人たちです。オフィスであれば働く人だし、お店であればお客さんなど、場に応じた多種多様な人たちが存在しています。

構成や構造は、「選書のコンセプト」「並べ方の意味化」。つまり、どういうテーマを通して本を選ぶのかということ。それをさらに細かくセグメント(分類)していきます。

そして内容に関しては、まさに「一冊一冊の本」がそれに相当すると思います。

実際に、編集された本棚を僕が作る時にどのように作ってきたのかを整理すると、自分なりの編集的ポイントは下記の5つになります。

  • 本棚全体がひとつの読み物である
  • 一冊の本や雑誌を読んでもらうようにライブラリー全体を読んでもらう
  • 編集性、編集的個性がメッセージになる
  • セグメント/分類によって手に取る動機、読み方の枠組みを変える
  • 本と本、本とモノ、本と場、本と人の新しい関係と手に取る動機を仕込む

これら5つを改めて考えてみると、僕は「一冊ごとの本」と「本棚全体」は相互補完的に成り立っている部分があると考えています。雑誌も単発記事、特集だけということはなくて、中身と外見全体が常に関係性を持って構成されている。それがある種の編集性なのかなと。僕は「この本とこの本が隣に並ぶことによって、どういう読まれ方がされるだろうか」を考えて、常に新しい視点を提案できたらいいなと思いながら仕事をしています。

―具体的な本棚の事例をひとつ紹介してもらえますか

企業や個人など、依頼主によって作る本棚はまったく異なります。中でもユニークな事例として、人間ドックを行う病院に作った本棚の話を紹介したいと思います。

人間ドックの専門クリニック『KRD日本橋』は、身体や健康への意識が高いビジネスパーソンがメインのクリニックです。そこで、まず「人生100年時代」と言われる昨今、人間ドックに行くことの「そもそもの意味」を考えるところから始めました。

多くの人にとって人間ドックに通うのは、健康な心身で人生を長く楽しむため、ですよね。では、どうして長く元気に生きたいのか。その「そもそも」が重要で、社会的に平均寿命が延びたことと、自分がどう生きるかということは、必ずしも一緒ではないわけです。人間ドックに通っているのは、健康で長く生きたいということで、なぜそう思うのかをもう一回見つめ直す。それをこの場所でできると良いのではないかと考えました。

そこで、今回の場所では両サイドが本棚になるという空間の制約を活かして、左側が「Why(なぜ生きるか)」、右側が「How(どう生きるか)」となるように構成して、クリニックのテーマである「人生100年時代に合わせて、work life balanceを実践する」を、個々人が自分ごととして関われるように考えました。実際に選書した本は、WhyとHowでそれぞれ6つずつのジャンルで構成しています。

<Whyの本棚>は、それぞれが生きたい理由を考えて選びました。「もっと仕事がしたい」ということが長生きの理由になる人もいれば、「まだ見たことのない世界を見たい」という人もいる。「もう30年生きたらドラえもんの道具が何かできているか」と夢見る人もいるかもしれない。他にも、「もっとおいしいものをどんどん食べたいから生きたい」「愛する家族やパートナーのためにずっと長く生きたい」という人もいる。そのような具体的な人生の目的はないけれど、抽象的な「生きるとは何か」と考えること自体を人生のテーマにしたい人もいると思ったので、そのジャンルも用意しました。

一方で、<Howの本棚>の方はどちらかというと実践的に役立つジャンルになります。例えば、「食事」「運動」「心身」。後は「働き方」も入っています。長く働くためには働き方を見直す必要がありますよね。働くことをどういう風に人生設計に組み入れていくのか。人によっては、子育てしながら仕事をする人もいるでしょうし、なるべく怠けて働かないという方向性もあるかもしれない。そのような選択肢を提案してもいいのではないかと思って選びました。

この事例において本棚を作る仕事とは、「人間ドックに行くという体験」自体の価値を考える行為だったと思います。病院に行くのは体調が悪くて治したいから行くけれど、人間ドックは元気に楽しく日常を過ごしたいから行くと思うんです。そのために、この場所が果たし得る役割が何かを提案しないと、「ああ、人間ドッグか~」「また胃カメラか〜」みたいな憂鬱な気持ちだけで利用される場というのは、丁寧に人間に寄り添えていないのではないかと考えたんです。人間ドックを通じてどうなって欲しいのか、そこまでちゃんと考えられる場所になるといいなと考えて、この本棚を作りました。

どの事例でも、僕にとっての良い本棚とは、世界の可能性に対して常に開かれた場所であることです。その場に来る人にとってひとつの可能性だったり、もっと世界をこういう風に読み変えることができるんじゃないか、ということを提案する始まりでありたいと思っています。

―最後に、ブックディレクターは大量の本を読まないといけない職業だと思いますが、独自の読書術などがあればぜひ教えてください

僕は書評をする時などは付箋を使いますが、いつも付箋をするかというとそうではないです。また、買った本をすべて頭から丸々読んでいるかというと、読んでいないものも結構あります。

心がけているのは、「気になった本はすぐに買う」ということ。それを習慣にしています。思い付いた時に買っておく。なぜなら、その都度面白いと自分が思っていることがあるわけですよね。何かしら興味のあることが日々起こる。その日々あったことに反応した事実を忘れないことがとても大事です。脳で記憶できる量には限界があるので、記憶を本に外部化している感覚です。自分が反応した事実をちゃんと集積していって、見える形でストックしておくことで、自分が何を面白いと思っていたか、何を気付きとしていたかというのが集積されていって、結果として貯まっていく。もちろん、メモで記憶するタイプの人もたくさんいるでしょうし、いろいろなやり方あると思うんですけど、僕の場合は「本の並び」の中にそれが存在しています。

また、いくつかの本を併読すること、同時に多様な本を一緒に読むことをとても大事にしています。どうしてかと言うと、読んでいる本同士の関係、物事の関係性と差異みたいなものが立ち上がってくることが多分にあるからです。関係ないと思っていたことがつながって、新しい関係を発見していく。それを促すためにも、並行していろいろと読むことが大事なんだと思います。

とはいえ、速読術みたいに決して急いでは読みません。本を読むことの何が面白いかと言えば、「自分と対話する時間」を確実にある程度の時間として確保することができることです。ある長さの時間を、黙って自分と本とで対話する時間を確保できることこそが価値だと思っています。

今の社会では、考える時間を確保することは難しい。何も無いままに手ぶらで考えろと言われると、結構考えられないものです。インターネットの場合は、どこまでも情報を点で追ってしまいがちですが、本であれば点で追うのではなく、ある流れの中で書かれたものを自分が追いかけながら、どうそこに対して考えるのかを確認していく作業になる。それが、本を読む上で一番大事な時間なのではないかと思っています。

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